2009年 12月 31日

追悼

一週間程の間がありました。
これ位のの間はいつものことですが、私にとってはいつもと違う一週間でした。
25日今年最後の宴会を終え26時に帰宅し、26日朝、1本の電話で父の危篤が知らされ、病院へ賭けつけましたが、最後を看取る事はできませんでした。
父辰男は大正5年生まれ、93歳で天上の人となりました。高等尋常小学校を卒業し、札幌の写真館に奉公し戦争で南方へ出兵し、戦後写真館へ戻りたかったが、世の中の変動の不和を諭され、会社員になり写真技師として、小樽土木現業所に勤務30年勤めて定年した。
2年前、北海道新聞の後志版の夕刊紙の囲みコラムに書いた、一枚の写真からの写真がこの写真である。
d0131305_21104785.jpg
稲穂5丁目から現在の
富岡ニュータウンの方向である撮影は、おそらく昭和32・3年頃だろう、この写真どこかのコンテストで「特選」を採っている、我が家の居間にはずっと飾られていた、一枚である。
直接には父に写真を教えてもらうことはなかったが、歩くことが好きな父は、よくこの街をわたしの手をとり歩き回った、そんな時に父は、私にこの街の見方や自然を教えてくれたのだろう、そしていまの自分がいる。
写真で飯を食い始め30年、大きな印刷物は父に見せてきたが父は批評もせず受け取ってくれたが、今だ居間に掲げられていた、一枚の写真を超える事はできない。
年末にこの様に父が亡くなり、今年も喪中です。
今年1年このブログに訪れてくれた皆さんに感謝して今日のブログを〆ます。
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by Officepapermoon | 2009-12-31 21:43 | その他


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